あの頃これがしたかった!電話代と話し中に悩まされた「パソコン通信」

現代の様にインターネットが普及していなかった1980年代。

家庭の娯楽の中心は、ラジオ、そしてテレビでした。

その後、コンピュータの世界でも、小型軽量化が図られるようになって来て、一般向けのマイクロ・コンピュータが、個人でも入手出来る価格帯になると、パソコンを嗜む(たしなむ)層が徐々に増えて来ました。

@DIME 7/17(月) 17:11配信
パソコン通信の普及に伴い、顕著になったのが、「パソコン通信をすると、その家の電話が繋がらなくなる」件でした。

かつてのパソコンは、ネットワークには繋がれず、単独で稼働させる(スタンドアローン)のが一般的でしたが、1985年の「通信自由化」により個人でも、パソコン同士で通信を行う事が出来る機器「モデム」を購入して、自宅の電話回線に接続する事が可能となったのです。

そして1980年代後半頃から、いよいよ商用のパソコン通信のサービスが開始されました。

PC-VAN、ニフティサーブ、アスキーネットetc…。

パソコン及び通信ソフトの普及、そしてモデムも安価な物が発売される様になってきて、パソコン通信は徐々に人々の間に普及する様になってきました。

wikipediaによれば、1989年末頃には、商用大手9社の加入者数が20万人台、草の根ネットに至っては、24時間運営局だけでも300局以上、といった規模にまで大成長した様です。

 

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さて、パソコン通信の普及に伴い、顕著になったのが、「パソコン通信をすると、その家の電話が繋がらなくなる」件でした。

当時はまだ光ファイバーやADSLが、現代のように実用化され普及されていなかった時代。

パソコン通信の接続方式の主流は、「ダイヤルアップ接続」と言って、一般の電話回線に接続されたアナログモデムが、プロバイダ指定のアクセスポイントに電話をかけて、サーバとパソコンが送受信するデータを、音声信号で行う仕組みでした。

この方式は、今まで使っていた電話回線を、すぐにでもパソコン通信でも使える様に出来るカンタン便利な方式ではあったのですが、通信を行っている間は、常時電話を繋ぎっぱなしの状態だった為、誰かがこちらに電話を掛けても、ずっと通話中であり連絡が取れない事態に陥ってしまいました。

今だったら、「大切な要件があるんだから、一旦パソコン通信の接続を切って電話に出ろ!」

…と、LINEやSMSですぐにこちら側に連絡する事が出来たんでしょうが、当時は勿論そんなものはありません。電話しか連絡手段が無かったのですから、それが繋がらなかったら、まさにお手上げです。(まぁ厳密に言えば「電報」という連絡手段が無くは無いですが…。)

従って、心置きなくパソコン通信を楽しんだあと、電話待ちをしていた相手に、「急ぎの用事があったのに!」と、後でしこたま怒られました。

また、年に何回か帰省する事があり、その際、ノートパソコンとモデムを持ち帰って、実家でもパソコン通信を楽しもうという計画を企んでいたのですが…。

現代であれば、定額制料金の通信サービスが有るので、あまり電話代の心配をする必要は有りませんが、その当時、(主に)東京に有るプロバイダのホスト宛に通信をするのは、電話代が無茶苦茶掛かって大変でした。

例えば本州の端にある実家から、東京宛に音声電話を掛けると、軽く5分~10分通話しただけで、あっという間に千円越えの電話代が掛ってしまう時代だったのです。

更に、プロバイダ自身の回線利用料も別途発生するので、とてもじゃありませんが、実家にいる間は、おいそれとパソコン通信を楽しむ事は出来ませんでした。

…その後大手プロバイダは、全国にアクセスポイントを増設して、電話代で逼迫している地方在住のパソコン通信愛好者の要望にも、出来るだけ応えようとしましたが、筆者の実家の近くには新規APがなかなか開設されなかった為、帰省の間はパソコン通信が楽しめない時期が長く続きました。

しばらくの間、パソコン通信のユーザーにとっては、電話料金・回線利用料の従量制料金について、常に頭を悩ます問題だったのです…。

…話は変わって、当時のパソコン通信の「メール」についてのお話をすると、パソコン通信黎明期では、イマドキのインターネットの様に、お互いにネットワークを接続して、全世界でメールのやり取りをする、という状況では無かった為、同一プロバイダ会員同士のやり取りだけに限られていたので、今ほどは頻繁に使われていませんでした。

連絡を取りたい人が居るのであれば、いつもの掲示板を覗きさえすれば、お馴染みのメンバーと出会うことは比較的容易だった為、「メールの機能なんて、いらないんじゃない?」なんて話が語られる事さえ、たまにありました。(記憶違いだったらスミマセン)

今では考えられない様な話ですが、その時にメールの機能が無くならなくって良かったですね!

あの頃これがしたかった!(していました)日本中のパソコンユーザーと電話回線を使って電子掲示板で語り合うことが出来たサービス「パソコン通信」その2…。続きます。

※記事中の情報は、執筆時点のものとなります。
※本記事は、あくまでも筆者の微かな記憶と主観に基づき、独断と偏見で飛躍したテキトーな表現による単なるエッセイであり、特定メーカーや機種、人物等を貶める意図等は全くございません。
※本記事に登場する、登場人物のキャラクターや言動は全てフィクションです。

文/FURU

@DIME編集部

@DIME

名無しさん
20時間前
テレホーダイ加入してよくやってた時代が懐かしい。
名無しさん
19時間前
確か夜11時以降に定額かけ放題になったんだっけ?
その時間を時計をにらみながら待ってた記憶がある。
名無しさん
17時間前
家族から苦情が来ないようにISDNで2回線引いて、片方の電話番号をテレホーダイ(23時~翌8時まで通話定額)にするのは必須条件でしたね。
そして、万が一23時以前にインターネットをする可能性も考えて「3分10円→5分10円」にするタイムプラスも加入をして家族の通話料の苦情を最小限に抑える工夫もしましたね(笑
そして、自分は主にマイクロソフトのMSチャット全盛時代ですね。まだまだ個別のチャット、メッセンジャーが無かったので本当に見知らぬ人同士の趣味が合う人同士で「チャットルーム」を作って意気投合してオフ会全盛時代でした。
自分は少し早めだったせいかADSLの時代にはICQを使っていたので、現在のSkype、LINEなどのメッセンジャーがここ20年くらいあまり大きな発展をしてないのではないか?と考えてますね。
名無しさん
17時間前
テレホーダイ以外だと当時の常時接続は一部のマンションで専用線を引き込んだ物件もありました。
名無しさん
23時間前
懐かしい!
時代は進歩しましたね!
名無しさん
22時間前
メールより電話の方が話が早かった。
当時は電話代が10万超えてました。
名無しさん
18時間前
こちらに記事を読んで本当に懐かしくなりました。
メールというものがあまり普及していなかった頃日テレの電波少年全盛期、送られてきたe-mailに記載のある知人宅等を頼りに世界を旅するというコーナーがありました。受信するのは携帯型衛星受信機。今だと簡単にメールが送れる時代、酷いことになりそう。
名無しさん
22時間前
そうだった。必要なサイトを見たらすぐに回線を切ることも忘れないこと。
名無しさん
22時間前
懐かしいな
おまんたマガジン
名無しさん
17時間前
んなこともあったなぁ
今の時代はほんまにいい時代になったと思うよ。
名無しさん
22時間前
親がキャッチホンに加入してしまい、パソコン通信してる時に
キャッチホンが入ると回線が切れるのも辛かった・・
名無しさん
19時間前
懐かしいな
名無しさん
18時間前
むしろ通信中にかかってくる電話なんかより、
こちらが通信をしようとして、相手(草の根BBS)が話し中という
ことに皆が悩まされた。
22時前後で30分もつなげようものなら、管理者よりお叱りのメールが
飛んでくる、またはリアルにあったときに注意を受けた。
深夜たまたま管理者が起きていて、声をかけられてチャットで
盛り上がったりとワクワクした時代でしたね。
名無しさん
22時間前
よくわからないけど技術の進歩って凄いね
名無しさん
22時間前
なんと懐かしい。
古くからある街に引っ越ししたら電話回線も古くて、当時のYahooのページを表示するのに5分くらい掛かった事があった。その後、ISDNを使った時は速さに感激したのを覚えてる。
当時は光回線なんて周りには無かったw
名無しさん
22時間前
APの電話番号間違えて、万単位の料金請求された事が懐かしい。
名無しさん
15時間前
懐かしいな
よくお互い電話しても繋がらない事がよくあった
コメントを全て開く
名無しさん
21時間前
20年以上前、23時~6時だっけかな テレホーダイ2000円使ってったよ。マイクロソフトのNT4のサービスパック6aが落ちなくてよ~ 6時間で200メガ落ちないんだからな~ 時代は変わった。
名無しさん
19時間前
100kbくらいの画像が、上から徐々に表示されていくのが、ある意味ドキドキできたw
名無しさん
22時間前
インターネットの前身?と言っていいのかな?
CAPTAINシステム(文字図形情報通信システム)なるものが
あったなぁ……
あんまり普及しなかったが懐かしい。
今、30歳以下の人で知ってる人はどれくらいいるだろうか?
名無しさん
8時間前
アダルトサイトに
アイコン作られ
NTTから電話で通信了
7万円ですと電話が来た
結局払わなかったけど
ついでに国際電話も繋がら無い
ようにした。((T_T))
名無しさん
9時間前
懐かしい~
ADSLでネットチャットをしてた時に相手から返事が無いから、おかしいと思ったらネット回線が切れてた事が度々有った。
名無しさん
20時間前
当時知り合った人達、元気かなあ。
会いたいな。
名無しさん
17時間前
自分は当時チャットルーム、オフ会で知り合った人たちが今の友人の基礎になってます。
理由は既にご存知だと思いますが、例えば海外旅行、語学などの趣味が基礎となった言わばサークル的内容のチャットルームだったので20年近く経った今でも情報交流している人たちも少なく無いですよ。
名無しさん
22時間前
電話とインターネットが別々の回線になった時はやっと電話料金が安くなって安心しました。
名無しさん
20時間前
懐かしい、KDIのVENUS-Pに入ってた頃だなぁ。
名無しさん
21時間前
あの頃が一番よかった。
21世紀は夢の時代と言われたが夢も希望もない時代になった。
名無しさん
16時間前
ピーヒョロロ~ビコンビコン、ガーーーーーー
この音を聞きながら繋がるのを楽しみにしてた時代だ
そして家に電話をかけても繋がらないと知人からクレームがきたもんだ
名無しさん
17時間前
今となっては懐かしい。あの頃は携帯なんてあっても今と違って金持ちしか持ってなかった。しかも厚さと大きさなんてバッグじゃん︎みたいな。今みたいにカラーで薄くて持ち歩くが珍しい時代だった
名無しさん
20時間前
Windows95発売前後のパソコン普及期は、
カネばかりかかってたけど、
なんかワクワク感があって楽しかったな。
名無しさん
18時間前
うん。懐かしい。
懐かしいけど……これ、今の通信環境しか知らない若い子が読んで、理解できるんだろうか?
名無しさん
19時間前
草の根BBSで友達沢山出来た。
名無しさん
20時間前
モデムを買い替え、通信速度を9600bpm(クンロク)に変えたら、流れる画面が読めなくて、通信ソフトも購入しました(一応プロなんで、それまで自作のソフトで通信してました)。
名無しさん
21時間前
「音響カプラ」って、ご存知かしら(受話器置くやつ)。電話も同一企画しかなかったから、あんな機械できたんだろうなぁ。
名無しさん
18時間前
「企画」は「規格」ですね。
名無しさん
18時間前
出張で古めのホテルに泊まると電話線がモジュラージャックで外せなくて音響カプラの出番でしたね。音量を適切にしないとエラーになって、ピーヒョロヒョロ・・・つながらない、ピーヒョロヒョロ・・・つながらない、ピーヒョロヒョロヒョロヒョロ~・・・やっとつながった、という感じだった。
名無しさん
17時間前
当時、公衆電話に100円玉を積んで音響カプラで接続する猛者までいましたよ。
メアドも変更していないので、インターネット以前からのメアドです。
名無しさん
4時間前
列車の公衆電話もね。私も重い98ノート使って、ポケットモデム繋げて、カプラ繋げて、テレカ入れて、ボタン付きの受話器からダイヤルして、カプラと受話器を押さえつけて通信しましたね。速度が1200bpsと遅く、繋がってからは片手+顎で押さえつけて、もう片手でキーボードを操作してました。
名無しさん
21時間前
テレホーダイが登場したのが神施策だったな~
次世代の高速通信ISDNが64kって…
今じゃ速度制限以下じゃねえかよ
名無しさん
21時間前
懐かしくて涙出る
テレホーダイとか画期的過ぎてなあ
名無しさん
21時間前
話し中で家族に迷惑をかけないように電話回線をもう一本ひいたよ。
電話加入権72、000円払ってね。(苦笑)
ネット検索なんてなかったから、業者から買えば少し安いとか知らなかったよ。
その後ISDNになってから1チャネル使って草の根ネット開設したのもいい思い出。
名無しさん
18時間前
win95の頃のネットは変な奴らのホームページが沢山あって楽しかったなあ。
名無しさん
18時間前
テレホタイムの23時過ぎると途端に繋がらなくなるので
腹括って1-2分前に繋ぐとかよくやりましたよ。
後は極稀に朝方繋げたまま寝オチしてテレホタイムオーバーとか……
名無しさん
18時間前
娯楽がラジオということはさすがになかった。
名無しさん
22時間前
エロ画像1枚見るだけで
数分かかったな(>人<;)
月の電話代数万円(´༎ຶོρ༎ຶོ`)
名無しさん
13時間前
そうそうメールもダイヤルアップしての作業だから、相手がいつ見るか微妙やから、メールする位なら電話して要件伝えた方が早くね?
って言ってた(笑)
名無しさん
23時間前
ピーバリバリドゥウィンドゥウィン
という音が懐かしいです(^^ゞ
名無しさん
2017/07/17 19:27
そうそう
ピポパ…ピポパ、ピポパ…
ぴ~ひょろろろろ…
ピー、ごーががががーざー
ぴーひょろろろ~
ががががが~
で繋がっていましたね。
今やニフティもビッグローブも懐かしい社名扱い…
んで、デジタルでISDNに変わって、フレッツISDNになり、
またアナログ化されて、ADSLで動画配信とかが使えるようになっていたけど。
いまやアナログ回線どころかISDNを知らない人も居るし、
ADSLですら、高速回線なのにショボい回線扱い。
光ケーブルで常時接続が当たり前、
動画配信も普通に快適高画質が当たり前、
時代も進化したよ。
プロバイダーも安くなり、
どこの家も当たり前、
安否確認システムやテレビ放送も同時に活用してもはや何でもできる時代だし、凄いね。
名無しさん
18時間前
あれ何の音だったのだろうか?
名無しさん
3時間前
>あれ何の音だったのだろうか?
モデムでアクセスポイントに電話して、
PCが信号を送り認証して反応させるんですが、
その音があのモデム音なんです。
名無しさん
20時間前
あの当時のオレにスマホ見せてやりたい。
名無しさん
23時間前
進化してるんだなー
すげえ!
名無しさん
22時間前
ダイヤルアップするモデムが内臓されたパソコンより前の年代だな。
俺はNECの9821シリーズで入門したけど、この頃も接続したままだと電話代がえらいことになっていたわ。
名無しさん
18時間前
ようこそ
ニフティサーブへ
名無しさん
21時間前
このだいぶあとだけど(1995年だったかな)、INSネット64で1本の電話線で64kbit/sを2回線使えるようになったのは画期的だった。料金もそれほど高くなかったし。その5年後くらいにはADSLが出てきてお役御免になったけど。
名無しさん
21時間前
今でこそ繋ぎ放題繋ぎっぱなしは当たり前だったけどよ、
初期はプロバイダのAPに電話して繋がるのを待ってから繋がるのが当たり前だった。
ぴ~ひょろろろろろろ・・・ごーががががーざー
と音がして繋がったはいいが電話代が馬鹿高いし、
アナログメタル回線はショボくて使いにくかったよ、
フレッツISDNでやっとまともに使えるようになって
ADSLで動画配信、
いまやADSLですらショボい回線扱いで光ケーブルで常時接続が当たり前の世の中だから進化したよ。
名無しさん
3時間前
ピーッ、ガー、ピョロロロ・・・
名無しさん
22時間前
ふ〜〜ん

 

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