女優・紺野まひるさん…「子宮筋腫」「高齢出産」乗り越えて2児の母に

 宝塚の娘役で一世を 風靡(ふうび) した後、女優としてテレビドラマ、CM、舞台と多忙な毎日を送りながら、夫を支え、2人の女の子の子育て真っ最中と、 八面六臂(はちめんろっぴ) の活躍を見せる紺野さん。それでいて疲労感を 微塵(みじん) も感じさせず、若さと美しさを保ち、明るく前向きな日々を過ごしています。そんな「健康生活」の 秘訣(ひけつ) は? (聞き手・塩崎淳一郎)

読売新聞(ヨミドクター) 12/24(日) 7:10配信
紺野まひるさんさん(撮影・高梨義之)

テレビが壊れたという設定で…テレビを見ない生活

――それにしても、舞台に映像にいろんなお仕事をされていますね。

舞台は生だから失敗は許されない。すごい緊張感があって、そのプレッシャーが逆に気持ち良さにつながったり、1回きりだからすごく熱がこもったり。お客さまが目の前にいて反応がすぐに分かるのも楽しいですね。でも、怖いのは公演中に体調を崩すことです。

もともと風邪や病気に対して体がすごく強かったのですが、去年の年末に子どもから感染し、生まれて初めてインフルエンザにかかったんです(笑)。

体が強いからなのか、熱は出なかったのですが、立っていられないほど体が痛くて、病院に行ったらそれがインフルエンザと分かりました。舞台の本番中だったらどうにもならないので、またかかってしまったらどうしようとちょっと心配しています。来年(18年)の2月にミュージカルのお仕事があるので、「家族がみんな元気でいてくれますように」と願っています。

テレビドラマや映画という映像の仕事の楽しさは、本当に「せいの!」で初対面の俳優同士が夫婦だったり、恋人になったりと、急にすごく濃密な関係になることです。相手がどんな芝居をしてくるかも分からない手探りの中でリハーサルが始まり、考える作業を経て本番。そんな短時間の中で作り込む作業、限られた時間をものすごい集中力で過ごせるところが楽しいですね。

でも、最近うちはテレビが壊れたという設定になっていて(笑)、テレビを見ない生活をしています。2人の子どもがテレビのとり合いを始めるようになって、けんかをするので、「テレビが壊れたらどうなるかな」と思って消してみました。

テレビがなければないで、子どもたちは本を読んだり、お絵描きをしたり、塗り絵をしたりという方向にシフトチェンジできるんですね。だから今、家は静かで平和です。

食事を作っている朝と夜だけ、キッチンのポータブルテレビをつけています。そして、私の出演しているCMが流れると、子どもたちにパッと見せる。「あっ、お母さんだ」って言ってくれる反応が、うれしくて……。

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中2の春、「ベルサイユのばら」を見て「私ここに立ちたいな…」

――4歳からクラシックバレエを始めたのですね。

読売新聞(ヨミドクター) 12/24(日) 7:10配信
紺野まひるさんさん(撮影・高梨義之)

 宝塚に入るまでレッスンを続けて、音楽学校に入ってからもバレエの授業がありますので、25歳で退団するまでずっとレッスンを受けていました。退団した後も1人目を妊娠するまではちょこちょこ続けていました。

母に「どうして私をバレエ教室に連れていこうと思ったの?」と聞いたら、美しい体形でいてほしかったと。振り返ると、姿勢が良くなったことがバレエで一番得たことかな。体も柔らかくなったし、体育の授業で困ることもなかった。体も強くなりました。本当に大きな病気もしなかったし、なってもすぐ治るんです。こんなに強いのは、「親に感謝」なのかな。

熱を出した記憶も、七五三の時と、NHKの連続テレビ小説「てるてる家族」の撮影中の1回だけ。いつだって食欲があって、寝不足でも、夜遅くまでお酒を飲んだ翌朝も、すぐに食べたいという感じなんです。だから夫の体調が悪かった時、体調が悪い人に向けたごはんの作り方が私には分からなかった(笑)。

――そんな紺野さんが宝塚に興味を持ち出したのが…

中学2年生の春です。何度か小学校の頃も舞台を見ていたのですが、その時には興味があまり湧かなかったんです。バレエの仲間の女の子が宝塚ファンで、「見て、見て」って言われて、多分4、5年ぶりぐらいに生で見たら、偶然それが名作の「ベルサイユのばら」でした。

とってもきれいで、衣装も、照明も、ぴかぴかきらきら。最後のほうにバレエを踊った方もいました。帰る時には、「ああ、私ここに立ちたいな」と思っていました。家に帰ってすぐ親に言うと、「いいよ」と言ってくれました。高校1年生が終わって音楽学校へ入りました。

お客さまに「お呼ばれ」、ほとんど行かず…体調を崩さないために

――音楽学校や歌劇団にいた時は、ハードスケジュールの日々だったと思います。どんな健康管理を心がけていましたか。

「お呼ばれ」といって、お客さまとご飯を食べに行く機会があるのですが、私は体調を崩してはいけないと思ってほとんど行かなかったです。病気になったら、みんなに迷惑がかかってしまいますから。人混みも避けていました。宝塚時代は、あまり出かけなかったし、人と接することがなかったですね。今振り返ると、すごく閉鎖的な生活でした。

――雪組の娘役トップになったのは初舞台から6年という早さでした。メンタルの面でも大変だったのでは?

私は本当に同期に恵まれて、精神的にも同じ雪組の同期が支えでした。本当に感謝しています……あっ、でも1回ありましたね、大きな事件が。

早くから役をもらった私は、雪組で同期では一番上の立場だったので、何かあると私が代表して怒られるのです。どういう内容かは忘れましたが、その日も代表して怒られて、舞台に立ったら涙が止まらなくなってしまいました。もうずっと泣いている状態で、どうにかセリフは言えていたという始末。その時の相手役だった上級生に終演後、「すみませんでした」とひどい顔で謝りに行きました。

宝塚というのはそういうお行儀がしっかりしていて、何か物を落としたり、セリフを間違えたりしたら謝りに行くという決まりがあるんです。私は怒られる覚悟でしたが、「えっ、知らなかった。分かんなかったよ」と。本当のことは分からないのですけど、その時は優しさだと受け取った記憶があります。

与えられたことは100%こなさなければいけないという責任感―それは皆さんあると思うのですけど、そこだけですかね、精神的な重圧を感じたのは。温かく見てくださる上級生がいて、支えてくれる同期もいて、下級生もいて、私は周囲に恵まれた状態でトップになれました。音楽学校時代も含め、宝塚は人生で一番自分を作り上げてくれた場だったと思います。

腰強打し骨折、ドラマ降板も

――2002年に宝塚を退団して、心にぽっかり穴が空いたんじゃないですか。

読売新聞(ヨミドクター) 12/24(日) 7:10配信
紺野まひるさんさん(撮影・高梨義之)

ありました。毎日稽古があって、本番の舞台があるという生活がぱたっとなくなって、毎日一緒だった仲間ともう会わない生活というのは寂しかったですね。ずっと先々まで決まっている仕事が「ああ、ないのかな」と思うと、気が楽になる部分もありましたが、何か寂しい部分もありました。

――でも、翌年にはNHKの連続テレビ小説「てるてる家族」で全国区の人気を得ました。

宝塚をやめて2~3か月後ぐらいにオーディションがあり、出演が決まりました。大阪制作だったので、私は自宅から通っていたのですが、出演者はホテル住まいが多くて、夜はご飯を一緒に食べたり、合宿みたいな雰囲気だったり。結束力が固くて楽しかったです。

収録のスケジュールは過酷でしたが、私は大丈夫。やっぱり体が強いのだと思います。あまり寝られないときも、「こんな日がいつまでも続くわけではない」と割り切っていました。今の子育てでもそうなのですが、夜中に起こされることがあっても、これが永遠に続くわけではないと思うと、あまり苦痛に感じないんです。

――ポジティブですね。でも、順調に女優人生を歩み始めた2005年、腰を骨折されています。

ドラマ「瑠璃の島」に出演した時、ロケ場所が離島で、移動のために小さい船に乗ったんです。それがものすごく揺れて、とんがった角に腰を打ったんですよ。痛い!って、目の前に星が散りました。

宿泊先で寝たら、もう起き上がれなくなってしまった。近くの部屋にマネジャーがいたんですけど、離島だから携帯は圏外でつながらない。食事の約束の時間に現れないからと、マネジャーが来てくれたのですが、部屋の外から呼ばれても痛くて声も出ないのです。合鍵を借りて、ドアを開けてくれたマネジャーに、「すみません、歩けません」。

それで救急病院に行ったら、そこでDr.コトーみたいな素敵(すてき)な先生が見てくれて、「ちょっとひびが入っているかな。でも、島ではレントゲンぐらいしかないから大きな病院に行って診てもらったほうがいいと思う」と言われました。結局、ドラマは降板しました。

腰にある本当に小さな骨の突起なんですけど、それにひびが入っていました。治すには、手術とかではなくて、「絶対安静」ということでした。自宅のそばの病院に3~4週間、生まれて初めての入院。もうびっくりです。元気なのに腰だけが動かない。ただ、院長先生がすごく明るく、「寝ているしかないんだから」と言ってくれるので救われました。

年々肥大する筋腫を摘出

――出産を2度経験。第1子は2012年、35歳の時でした。

 私は以前、子宮筋腫を取っているのですね。長女出産の2年前ぐらいなのかな。1回お腹(なか)を開腹して子宮も切っているから、先生が安全を期して帝王切開にしたんです。

――子宮筋腫を患ったのですか。

そうなんです。すごく大きかったみたいで、びっくりしました。昔から、筋腫があるというのは知っていたのですが、年々肥大して。これだったら、「いずれ妊娠した時に赤ちゃんも、いづらいだろうな」と思い、医師にも勧められたので摘出しました。

「卵も年をとる」 不安だった高齢出産

――2人目のお子さんを産んだのは2015年。38歳だから、高齢出産ですよね。不安はありませんでしたか。

読売新聞(ヨミドクター) 12/24(日) 7:10配信
紺野まひるさんさん(撮影・高梨義之)

まず、元気で生まれてくるのかというのが不安でした。

中学生、高校生の授業でもっと教えていいのではないかと思うのですけど、女の子はお母さんのお腹にいるときから体の中に卵があって、それ以降、卵は老化していき、数も減っていきます。それを私は妊娠するまで知らなかったんです。卵が生理のたびに出ていくのは知っていたけど、「ああ、年もとっていくんだ」と思うと、不安はいっぱいありましたね。

――2人とも元気に生まれました。良かったですね。

心配だったこともあります。次女が、生まれて10日ぐらいに髄膜炎という大きな病気になったんです。生まれた病院に電話したら、「ここはNICU(新生児集中治療室)がないから大きい病院に」と言われて大病院に行きました。

その時の救急の先生は、すごく冷静で頼れる医師でした。私が必死でネット上の情報を検索したら、「髄膜炎だったら生きるか死ぬかの重病で、生きていても後遺症が残る確率が何%」とかいろいろ書いてあって、一時は暗い気持ちになったんです。でも、先生が一貫して冷静に対処してくれたから、私も徐々に前向きな気持ちになれました。医師には冷静さと明るさの双方があるとよいと思います。

次女は結局、無菌性の髄膜炎だとわかり、大事には至りませんでした。

――お子さんの健康にために気を配っていることは?

食事に関しては、基本的に手作りで、使うお肉は赤身や胸肉が多いです。脂がたくさんあるロースなどを使って、時間がたつとフライパンやお鍋に脂の塊が浮いているのを見ると、「ちょっと控えようかな」と思います。外で何でも食べて楽しむためにも、家で食べる食事は、極力脂身の少ない肉にしています。野菜を多めにしたりとか、豆腐や魚も取り入れて品数を多くしています。味付けは、薄味です。

――これからやって来る更年期。どう受け止めようと思いますか。

素敵な先輩方がたくさんいて、皆さん元気いいんですよね。この間、「50歳になったら変わるよ」と言われましたが、更年期は人によって様々だというじゃないですか。本当に全く感じない人もいるみたいです。少し怖さはあるのですが、ストレスがない生活をしていたいと思っています。

体は老いていきますけど、「きっと『50歳』は楽しいのではないか」と思っています。パワフルな先輩が私の周りには多いので、機会があったらお話を聞いてみたいと思います。

こんの・まひる

読売新聞(ヨミドクター) 12/24(日) 7:10配信
こんの・まひる

 1977年、大阪府豊中市生まれ。94年に宝塚音楽学校に入学。96年に宝塚歌劇団に入団して初舞台を踏む。雪組の娘役として活躍、「アンナ・カレーニナ」「殉情」「追憶のバルセロナ」など多くの作品に出演、2002年に初舞台から6年という異例の早さで娘役トップとなる。同年9月、宝塚を退団。テレビドラマ「てるてる家族」(NHK連続テレビ小説)などで全国区の人気を得る。映画、舞台、CMなどで幅広く活動中。

読売新聞(ヨミドクター)

名無しさん
1時間前
「てるてる家族」の長女だった方ですね。
相変わらずお綺麗な女優さん。
しかし、あの時の3人の妹も
かなりのメンツだったなぁ。
名無しさん
58分前
次女役の上原多香子が残念なことになっちゃったけど
名無しさん
47分前
唯一ちゃんと見た朝ドラでした。
名無しさん
1時間前
芯が通って強そうな方近寄りがたい雰囲気がある…お話したら私緊張して定規みたいにピーンとなりそう!
名無しさん
33分前
今話題の女子フギィア役をしていた。
母娘の二人三脚で大変な思いで五輪出場を果たした。
現在も厳しさは変わらない。
名無しさん
1時間前
子育て頑張ってください
名無しさん
52分前
綺麗。でも飾ってなくて好き。
名無しさん
3分前
40代とは思えないキレイな女優さんですね!
名無しさん
1時間前
夜中でもまひる
名無しさん
25分前
彼女が娘役トップになったのは、早くはありません
むしろ遅かったぐらい
しかも超短期、ただ彼女らしいトップ期間だったとは思います
スカッとした格好良い娘役さんでしたから
名無しさん
43分前
若く見えるのは意外と割りきる気にしない性格だったからなんだなあ。ストレス溜めこまないんだろうね。
名無しさん
1時間前
不思議やエロさがある。
名無しさん
27分前
「新参者」のケーキ屋さんですね!
名無しさん
44分前
うちの娘も宝塚に入れる為に英才教育でバレエスクールに通わせるつもりです。
名無しさん
1時間前
なるようになるさ。
名無しさん
15分前
ヤバい 綺麗だ!
名無しさん
13分前
話題のない人のいちいちくだらないコメントは出すな️写真も出すな️お前は、誰も気にしていないよ️。
名無しさん
7分前

解説ありがとう!
で、
池袋の商用施設にある汚い事務室(3坪)の床に寝袋を引いて5年間、
生活している、社畜人間レスは囚人以下の生活が来年も続きそうだな。
ハロワでバイト募集を見たけど週1勤務の宿直勤務って、
ど~ゆ~人間が来るんだよw
そこに配属されてる事が会社から干されてる事なんだから考えないとな、

 

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